社員ブログ   ブラ旅47

こんにちは!ブランディング企画室です。

6月に入り、以前のようにはいきませんが少しずつ日常が戻りつつあります。
在宅勤務に慣れきってしまった身体を元に戻すにはまだかかりそうです。
通勤ってなかなか大変なことだったんですね…笑
ブラ旅再開まではまだまだですが、もう少しの間番外編にお付き合いくださいませ。
と、いうことで。 今週もブラ旅番外編、スタートです!

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★ブラ旅47とは…
大和グラビヤのブランディング企画室が日本全国47都道府県の旅に出る企画、
略して「ブラ旅47」!
全国各地の食べ物やお土産や工芸品・・・それらを作っている人たちとの出会いや、
その体験で感じたことや得たものを旅の記録として綴っています。

★ブラ旅47番外編とは…3つのポイント!
①新型コロナウイルスの影響で、ブラ旅を一旦休止します。(2020年7月末までの予定)
②休止の間、「ブラ旅47番外編」として、大和グラビヤの歴史を紐解く企画を実施します。
③こんな状況だからこそ、出来る範囲で目いっぱい楽しいことをします!

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1.紙からプラスチックへ

まずは前回までのおさらいを。
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岐阜県美濃市蕨生(わらび)出身である創業者 鈴木松二郎は、
ロウ引き紙やキャラメル箱の製造を経て、1957年に「大和グラビヤ(株)」を設立。
グラビヤ輪転機による印刷業を開始させます。
その後次第にセロファンの時代に突入し、グラビヤの包装に適した商品がたくさん流通し始めました。

1961年名古屋市守山区にラミネート工場を新設。
主に粉ジュースやラーメンスープの包装材を中心に取り扱うようになり、
そのうち菓子箱を製造していた金松産業も、新しくプラスチックの成形品(フードパック)の
製造を開始することとなりました。

高度経済成長によって人々の生活が大きく変わり、
パッケージも紙からプラスチックへと目紛しく変化していきます。
しかし、1973年頃、世界を「オイルショック」が襲います。
弊社の勢いにも陰りが見えた頃、1974年に創業者である鈴木松二郎が亡くなり弊社の現会長が社長に
就任しました。

そんな中、1974年にタンデムラミネート機を導入。
(タンデムラミネート機とは=プラスチック樹脂を熱で溶かしてフィルム状にしたものを、
ベースとなるフィルムに貼り合わせる工程で使用される機械の一つ)
2代目社長となった現会長は、当時製造が難しいと言われていた漬物や味噌、
こんにゃく等、それまで加工した事がなかった軟包装資材に挑戦していきました。
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高度経済成長とともに発展していった弊社にも「オイルショック」によって厳しい状況に陥ります。
しかし社訓のひとつ「変化を恐れず、チャレンジする」にもある通り、新しい挑戦をしていったのです。

2.大和グラビヤと漬物

前回と前々回でお伝えした「味噌」とともに「漬物」の軟包装資材を扱うことになった弊社。
今回は「漬物」についてクローズアップしてお届けしていきます。

漬物のメーカーさんのウェブサイト等で調べてみました。
漬物の歴史はかなり長く、日本で漬物が作られるようになったのは縄文時代と言われています。
海水に浸けた海藻を干して焼くことで塩づくりをしていたことから漬物も作られていたのでは、
という説があります。
日本の記録に現れるのは、天平年間(729~749年)の木簡(墨で木札に文字などを書き、
送り状や文書に使用したもの)にウリや青菜などの塩漬けのことが記載されていたものだそう。

室町時代には「香の物」という言葉が使われるようになり、江戸時代には糠漬けも登場します。
この頃から「香の物屋」といわれる漬物屋も誕生し、漬物は庶民の間に広まって行ったそうです。

漬物の市販品は江戸期に始まりますが、第二次世界大戦末まではまだ食品工業の形になって
いませんでした。戦後、日本の家庭環境や家族構成が変わり、市販漬物が興隆してきたのです。

1960年代の頭、小売専門店に代わりスーパーマーケットが台頭してきて、一度に大量に販売できる
流通システムが整い始め、プラスチックのパッケージが登場するなど食品の包装形態も大きく
進化しました。

それまでは漬物も樽漬けの量り売りが一般的だったそうです。
店頭の対面販売で一本ずつ取り出して包装紙(新聞紙)にくるんで売っていたとのこと。
今は食卓に当たり前に並べられる漬物は、包装形態が進化して広まっていったからなんですね。

弊社はその頃、浦和市(現在のさいたま市浦和区)に営業所を作ります。
様々な繋がりを頼りに、日本でも有数の漬物屋の製品を名古屋で請け負いました。
まだ中央道が無い頃に長野を走り、岡谷市辺りの小さな漬物屋をまわった事もあったそうです。
こうした営業活動の結果、弊社でも漬物の軟包装資材を扱うようになりました。

3.日本で唯一の「漬物の神様」

漬物について調べていくうちに、日本で唯一の「漬物の神様」が祀られている
神社に辿り着きました。せっかくの機会なのでこれは行かねば…!
住所を見ると愛知県!ということで早速行ってみました!

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名古屋から車で40分程の愛知県あま市の「萱津神社」。

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萱津神社は、太古民族が沃野を求めて土地を開拓した頃、田畑を守る農耕の神鹿屋野比売神
(かやぬひめのかみ)を御祭神とした神社で、日本で唯一の漬物の祖神であり諸病免除の神・
縁結びの神と御神慈深き神としてご神徳がある神社です。
さらになんと「香の物」という言葉の発祥の地だとか!

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毎年8月21日には全国各地から漬物業者の方が集結する「香の物祭」が行われるそう。気になる…

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この方が神鹿屋野比売神…!なんとも神々しい…

お参りした後に社務所に立ち寄ると、なんと授与品としてぬか床がありました。
これは何かのご縁…!と、ぬか床を授かってきました…!漬物祖神のご神徳がいただけるそう。
他にも、「なす守」という漬物にちなんだお守りもありましたが(かわいい!)、
ぬか床に釘付けになってしまいました。

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お札つきのぬか床!

社務所にお守り代わりに漬物が置いてあったりして…という想像をしていましたが期待通りの萱津神社。
日本で唯一の「漬物の神様」に参拝したところで漬物パワーをいただいてきました…!
ありがとうございます!!次週も頑張れます!

ということで次週は、この有り難いぬか床を使った何かをしたいと思います。
漬けたり、包んだり…
次回の更新は6月19日(金)です。お楽しみに!